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国家と民族

  • 2006/06/06(火) 22:50:00

日本の国は島国の中に一つの民族がいて、同一言語を使用する一つの国家でありますが、これは世界の中でも珍しい部類に属するようです。大陸にある国は数種類の民族が一つの国家を形成していたり、お隣の朝鮮半島では同一民族が二つの国に分断されたり、アフリカではもっと複雑な様相を呈しています。一つの国が必ずしも同一民族で形成されていなかったり、複数の言語を使用するのがむしろ普通なくらいなようです。であると、何をもって国家というのか不明瞭になってきます。小学校の時「最後の授業」という物語が国語の教科書に掲載されていましたが、フランスのアルザス・ロレーヌ地方が明日からはドイツ語で授業をしなければならなくなる。フランス語の授業は今日が最後というような設定でした。「国家の品格」で有名な藤原正彦氏が「祖国とは国語」という別の本を書いておられるが、この標題の「祖国とは国語」とはフランスのシオランという人の言葉だそうです。「祖国とは国語」といったとき日本人がイメージする事と、フランス人のイメージすることは多分違うと思う。アルザス地方自体元々フランス語を話していた民族の土地ではないようで、つまり、フランスという、いくつかの民族で構成されている国を祖国としてまとめるにあたり共通的なものはフランス語という言語に求めたのではないでしょうか。戦前の日本が朝鮮や台湾の学校で日本語で教育を実施し「祖国とは国語」と言っていたなら、むしろフランス人の言った感覚に近いのではないでしょうか。現在の日本においては、国家も民族も言語も同一の人が日本列島に住んでいるので、逆に国家意識が薄くなっているのではないでしょうか。複数民族で構成される国家は、国家として統一するため愛国心を教えたり、国旗、国歌で求心力を求めたりしています。現在の日本は、日本国=大和民族=日本語を話す人、で余り強制的にしなくても、ある程度のまとまりはできると思います。ただし、「国家」という概念は大半のマスコミは市民と対立する組織のように論じているような気がしますが、我々の生活は国家が保証している面が多々あります。外国に行ったとき頼れるのは日本国が発行したパスポートであると作家の曽野綾子さんが言ってました。経済的繁栄も国家という枠が機能して「円」が信頼されていることが前提だと思います。愛国心を押し付けるのも問題があるかもしれませんが「国家」をないがしろにするのはもっと問題だと思います。

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