スポンサーサイト

  • --/--/--(--) --:--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

和・洋のつく言葉

  • 2006/08/16(水) 09:10:00

 日本酒を飲んでいてふと気づいたこと。「洋酒」に対して「和酒」とはあまり言わないで、「日本酒」と言うのは何故でしょう。焼酎もあるからでしょうか。でも、それならいわゆる清酒と焼酎を併せて和酒と言っても良さそうなのに、という疑問がわきました。(一応辞書には「和酒」は出ていました。意味は「日本酒」と一言書いてありました。(角川国語辞典))
そこで「和」と「洋」を対で使う言葉、使わない言葉を考えてみました。

○「和」と「洋」を対で使う言葉
和風 - 洋風、 和式 - 洋式
和服 - 洋服、 和裁 - 洋裁
和装 - 洋装、 和食 - 洋食
和室 - 洋室、 和犬 - 洋犬
和学 - 洋学(漢学)、和算-洋算
和書 - 洋書、 和紙 - 洋紙
和綴じ-洋綴じ
 (和文 - 欧文・漢文 これは洋文とは言わないようです。)

○「日本」と「洋」を対で使う言葉
日本酒 - 洋酒、日本画 - 洋画、
日本間 - 洋間

○「邦」と「洋」を対で使う言葉
邦画 - 洋画(映画)、邦楽 - 洋楽

 さて、何か法則はあるのでしょうか? 「和」・「洋」の対が多いことから、基本的には、「和」・「洋」の対を使い、「日本」を使う場合は、その後の語が一音節(「シュ」、「ガ」、「マ」)のような感じがします。「邦」を使う場合、内容はあまり違わないけれど作者(監督、アーティスト)が日本人なのかどうかの違い、というような気がします。しかし、例外もありそうです。和書、和紙は、「ショ」も「シ」も一音節なので、「日本書」、「日本紙」と言っても良さそうですが、あまり言わないようです。何か規則性はあるのでしょうか?

スポンサーサイト

帽子をかぶって参拝!?

  • 2006/08/14(月) 18:15:00

 最近のテレビの番組で、観光地を某俳優が訪ねる企画のものがありました。その中で、寺や神社を参拝するシーンがあったのですが、帽子をかぶったまま参拝しているのです。その俳優は50歳代と思いますが、帽子をかぶって参拝していることを全く気にも留めていませんでした。参拝そのものが敬虔な態度であっただけになおさらテレビに向かって注意したくなりました。冬季オリンピックの金メダル表彰台で日の丸が揚がり君が代が流れている時に帽子をかぶったままの若い選手が批判を浴びたことがありましたが、分別のある50歳代の年配の俳優までが神仏の前で帽子をかぶったまま参拝したことは、それ以上に考えさせられました。2・3日前にも職場近くの寺にたまたま参拝した時に、帽子をかぶったまま参拝している人を見かけました。私が子供の頃、近所のおじいさんがよく帽子をかぶって散歩をしていて、私は見かけると「こんにちは」と挨拶をしていましたが、そのおじいさんは子供の私に対してさえも山高帽のてっぺんのあたりを持ち上げて、帽子をとって律儀に挨拶を返してくれました。神仏に参拝する時でさえ帽子を取らない人は、やっぱり、知人に挨拶する時も帽子を脱がないのでしょうか? 帽子をかぶったままで挨拶することが失礼に当たるということは最近なくなってきたのでしょうか? ちなみに、自衛官や警察官など制服で仕事をしている人が、制服の帽子をかぶったまま挨拶をする時は挙手の敬礼です。制帽をかぶっていないときは、普通のお辞儀のような敬礼です。帽子をかぶったままお辞儀をするような敬礼はありません。
 私の父は非常に寒がりで冬は沢山着込んでいますが、神社参拝のときは、帽子は当然取って、コートも脱いで片手に抱えて参拝をしていました。これから先このような礼儀は誰も教えなくなってどんどん廃れて行き、帽子をとって挨拶すると奇異な目で見られる時代が来るのではないかと心配しています。

士農工商という身分制度

  • 2006/08/13(日) 21:40:00

よく、江戸時代は「士農工商」の身分制度が確立されていたと小学校時代から習ってきました。でも、この四つに入らない職業は、漁師(猟師)や僧侶・神官、医者、役者等色々あると思います。そして何よりも天皇陛下が入っていません。禁中並びに公家諸法度という決まりがあるくらいですから、武家社会から無視されているわけでは絶対ありえません。はたして、江戸時代に、「身分制度は、士農工商の四つとし、この順番で身分の高低とする。」というような掟はあったのでしょうか? これを明確に記した法度の類はあまり聞いたことがないのですが、あるのでしょうか? 「士農工商」と言う言葉自体は古くは中国で「春秋」や「管子」に出てきます。私は、これを引用して明治時代以降江戸時代の身分制度を「士農工商」の「四民」に分かれていたと言い、明治維新以降「四民平等」となったと言うようになったのではないかと想像しています。   
江戸時代確かに武士が統治していたのは間違いないのでしょうが、「農工商」の順に身分の高低が決まっていたとはどうしても思えません。各職業は大半が世襲制のため、それぞれの職業は軽易に変更はできなかったであろうし、勿論武士でない身分の人が武士になることはめったになかったと思います。しかし、そのことと「士農工商」の身分がその順序で階級としてあることは違います。高低の階級ではなく、他の職業には変更しにくい制度というだけだったのではないでしょうか。江戸の町では職人も商人も一括りに町人と言っていたようですし、最初に述べたように「士農工商」のどれにも属さない職業の人もいるので、「士」以外の階級差はなかった、という判断が妥当と思うのですが皆さんはどう思いますか?

西欧文化は分析、個の文化

  • 2006/08/06(日) 18:05:00

 和の文化に対する西欧文化は、個の文化ではないでしょうか。一つ一つに細分化していく文化ともいえます。科学は正にその象徴ではないでしょうか。物質をどんどん細分化し、分子、原子のレベルまで細分化し、初めのころは、原子が物質を構成する一番小さい単位となっていました。これが分析が進むと更に陽子・中性子・電子という原子を構成する単位が分かってきます。また、医学でも似たようなことが言え、医者の専門もどんどん細分化されています。外科、内科から、脳外科、口腔外科、整形外科、・・・更に細かく専門分野に分かれていきます。しかし、人間の体はトータルでも診ていかないとバランスが崩れるのではないでしょうか。逆に東洋医学はその人の性質を基準にトータルで診ていく医学と言えます。
 また、社会においても、家族、一族、部族といった集団よりも、個人の方を尊重しているのが西欧文化だと思います。明治以降我が国も文明開化で西欧文化を取り込んできました。特に、終戦後の西欧文化の流入は激しいものがあったと思います。もともと個の文化でなく和の文化である所に、個人主義の考えだけが入ってくると利己主義と混同されるようなこともあったのではないでしょうか。
 このように、ものをトータルで見るより、細分化していくことに重きを置いている文化が西欧文化と言え、和の文化はトータルの文化とも言えると思います。どちらが良いというものではないでしょうが、日本民族は、歴史的にも和の文化を大事にしてきており、急に別の文化を取り入れても、基盤となるもの(宗教、風俗、習慣等)が異なるとアンバランスな状況となり、奇妙な犯罪が生起する遠因となったりするのではないでしょうか。しかし、今後はまた和の文化のほうにゆりもどしが来るのではないかと期待しています。奈良・平安時代の隋・唐の文化の激しい流入から、鎌倉・室町時代に和の文化へと進化していった様に。



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。