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日本語は縦書き

  • 2006/06/24(土) 08:40:00

パソコンは勿論、ノートや手帳に書くときも横書きが大半ですね。縦書きノートは小学校の授業くらいになってきているのではないかと危惧しています。まだ、読む方は本も新聞も縦書きが主流のようです。それでも、理数系の本や囲み記事の一部は横書きになっています。人によって違うのかもしれませんが、私は数十ページ以上の文章を読むのは縦書きの方が楽で、数行の文章を固まりで読んでいるような気がします。本当はブログも縦書きにしていきたいのですが、まだ初心者なので検討中です。縦書きブログの宣伝で横にスクロールするのもありますが、無料ブログでできるのでしょうか?ところで、日本語は縦書きが基準と言うと「そんなことはない。昔の日本語でも右から左に書く横書きがあった。」と言われる方もいると思います。でも、それは横書きではありません。何故なら、横書きで数行にわたって書かれていないからです。右から左に横書きで書いてあるのは、例えば横長の額等で一行書かれているだけでしょう。あれは、実は縦書きなのです! 縦書きの一行が一文字で次の行に進んでいるのです。縦書きの行は右から左へ進みますね。そういえば最近、説明の表とかで縦書きに記入しているのに左から右に書かれているのを見たことがあります。表全体が横書き、つまり左上から右下へ目線が流れるような作りになっているので、やむを得ずそうしたのかもしれませんが若い人たちはあまり違和感を感じなくなっているのでしょうか。蛇足ながら、車両のサイドの横書き文字で右から左に書かれているのをたまに見ることがありますが、あれはおそらく右サイドに書くとき、車両の前部から後部にかけて、つまり進行方向にあわせて書きたかったからなのだと思います。

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昔の日本語:母はパパ

  • 2006/06/21(水) 21:30:00

昔の日本語のハ行の発音は「パピプペポ」に近かったそうです。何で昔の人の発音が録音されてる訳でもないのに分かるのか?と思いますが、室町時代のなぞなぞで、「母と子は2回遭うけど、父と子は一度も遭わない。これは何か」というような問題があって答えが「唇」となっているそうです。つまり、母と発音する時に上の唇と下の唇が2回遭うということで、母の発音は「パパ」だったようです。今なら、さしずめ「ママと子も、パパと子も2回遭う」ということでしょうか。これを裏付ける例としては、ヒヨコは「ピヨピヨ」と啼くのでその昔は「ピヨコ」と言っていたのが「ピ」が「ヒ」に変わってしまった、というのがあります。本当か?と訝る人のために他にも似たような例を紹介します。「パタパタ」と「パタめく」「パタ」と言っていたのが「パタパタ」と「はためく」「旗」になり、「パタパタ」と「パタく」「パタキ」は「パタパタ」と「はたく」「ハタキ」になったという例。「ピカッ」と「ピカる」「ピカリ」は「ピカッ」と「光る」「光」になりました。「ピヨピヨ」とか「パタパタ」とか「ピカッ」という擬声語・擬態語にはパ行の発音が残り、普通の名詞や動詞の発音の「パ行」は「ハヒフヘホ」の発音に変わってしまったようです。アイヌ語にパ行の発音が多いように感じますが昔の日本語のハ行の発音が「パピプペポ」だったのと何か関係があるのでしょうか?

日本の家屋について

  • 2006/06/20(火) 21:30:00

日本の家屋は、湿気の多く蒸し暑いこの時期のために考えられた作りではないでしょうか。床を地面より高くし、柱を始め、襖や障子等は木や紙を主体とする材料で作られ湿気を吸うようにできています。最近のコンクリート製のマンションでは結露防止を考慮しなければなりません。石でできていても同じでしょう。また、縁側から障子、襖と開ければ風通しもよく体感温度を下げられます。たまに、昔の民家を保存している記念館等に行きますと、夏の暑いときでも茅葺屋根の家に土間から入ると天井も高くそれだけでひんやりと気持ちよかったりします。昔の日本の民家には、クーラーのない時代、蒸し暑い夏を何とか涼しく過ごせるよう生活の知恵が凝縮されているのではないでしょうか。それに加えて簾、風鈴、金魚鉢の金魚等小道具もそろえて、浴衣姿で団扇であおぐ・・・、想像するだけで涼しそう。それに、さらっとした畳や井草のゴザもいいですね。そこでビール・・・、ビールは伝統的な日本の飲み物ではなかったですね。残念!でも、アルコールを飲む人でビールを飲まない人は少なそうだから、そろそろ日本の文化に加えてもいいかな?

夏こそ和服

  • 2006/06/18(日) 11:30:00

日本の衣と住は特に、この湿気の多い夏の時期を考えて作られたのだと思います。「衣」について言えば浴衣が夏の代表的な服ですが、ピタッと肌につかず、どこからでも空気が対流し少しでも湿気を逃がすような作りになっています。履物も、下駄にしても草履にしても素足に履けば足の蒸れもなく気持ちがいいです。洋服のようにボタンをきっちり締め、ネクタイまで締めて、靴下はいて靴を履くというスタイルはどう考えても日本の夏には不向きです。昨年からクールビズでネクタイ締めず上着もいらないという格好が定着しつつありますが、職場内だけならよくても、どうも他の会社や初対面の人と会う場ではなんとなく気の引ける感じがします。ハワイではアロハシャツが正式の服装として認められているようですが(別にアロハシャツはハワイの伝統的な民族衣装でなく、西洋文明と接して創作されたものですが・・・)、日本でも和服がもっとビジネスの場でも着用されるといいのにな、と思うこともあります。中東地域でも国際会議の場とかで白いゆったりとした民族衣装を着ているのをニュース等で見ます。しかし、和服で通勤するとなると満員電車では、袂や袴の裾が引っ掛かったりして一寸不便かもしれません。ちなみに私は、この時期家の中では甚平で過ごしています。

四股踏みについて

  • 2006/06/15(木) 22:00:00

四股踏みについて。ここ5-6年、一日おきくらいの頻度で四股踏みをしています。元々相撲が好きだったのと(体型は相撲取りとは似ても似つかぬ体型です。)、年をとると足腰から弱るとよく言われるので、今のうちに鍛えておこうと思ったのがきっかけです。それで成果は?と聞かれるかもしれませんが、実際の所よく分かりません。健康おたくというほどではないですが(ちなみに私の先輩で「健康のためなら死んでもいい」と豪語していた健康オタクがいます。)、結構他にも体に良さそうなことを色々としているので確かに10年以上医者にかかったこともなく、高熱が出るほどの風邪も引いていません。でもこれが理由と特定もできないといったところです。では、何故四股踏みの事を書いたのかというと最近いくつかの雑誌の健康関連記事で四股踏みの事が出ていたので「それ、前から俺もやってるよ。」といった感じで書いてしまいました。初めのうちは、イメージは相撲取りの四股踏みですが「あれ?足が上がらないし、伸びてないな。」というのが正直な感想でした。それから開脚の柔軟・ストレッチも併せてするようになり、股関節が柔らかくなるにつれ足も伸び、上がるようになってきました。どうしても足が上がる方が見栄えが良いので足を上げるほうに気が向いてしまいますが、軸足を伸ばすことに重点を置いたほうが良いようです。正しい四股の踏み方については、普天王関がブログで書いていますのでご参考までに。
普天王「四股の踏み方講座」
http://ameblo.jp/futenou/entry-10003634881.html

入梅です

  • 2006/06/11(日) 07:00:00

 今年の6月11日は入梅です。梅雨の入りと同義で使いますが、「入梅」は暦の上での梅雨入りです。暦では二十四節気の一つ「芒種」(稲を植える時期)から5日目を入梅と言い、明治9年から太陽黄経80度に達した時を入梅としています。それ以前は「芒種」の後の最初の「壬(みずのえ)」の日としていました。あくまでも暦の上での梅雨の入りなので実際の梅雨入りは若干ずれますが、農作業等する上で概略の目安として使われています。立春から数えて135日目という説と127日目、128日目という説がありますが、今年は、5月2日が八十八夜、立春から数えて88日目で、それから40日目なので、128日目が正しいと思うのですが・・・
 私が子供の頃、父がどこかから「めくらごよみ」という暦を入手してきました。盲といっても視力障害のある人でなく、「文盲」、字の読めない人用に絵で示した暦です。そこに、荷物を担いだ人が描かれていて、それが荷物を奪っていく絵で「荷奪い」「にうばい」→「入梅」を示していました。他にも、色々な絵で暦を示していましたが、妙に「入梅」だけ印象に残っています。
これから、夏至を挟んで1ヶ月くらいじめじめした「梅雨」が続きます。ところで、梅雨というのは、丁度梅の実がなる頃の雨だからと言う説や「黴」の生える時期の雨だからという説があります。ところで「梅」の発音は元々中国読みの「めい」に「う」がついて「うめ」となったようです。「馬」も元々「ま」という中国読みに「う」をつけて「うま」となったようで、また、マ行とバ行は両方とも唇を合わせて話す時の音で似ており、音読みがそれぞれ「バイ」、「バ」となるようです。梅は昔から日本人に親しまれてきたようで、万葉集で歌われている花は桜よりも梅が多いとのことです。梅雨時は戸外での運動もできず、気分的にもうっとうしい季節ですが、梅酒や梅干で健康にも気をつけていきたいですね。

今日は時の記念日です

  • 2006/06/10(土) 17:19:24

今日6月10日は時の記念日です。671年陰暦の4月25日天智天皇が漏刻(水時計)を設置した日を太陽暦に換算すると6月10日ということで大正9年に制定されました。世界標準時はグリニッジ天文台を基準とし、日本はそれより-9時間ずれています。日本では東経135度の明石市の南中を正午として日本標準時を決めているのは良く知られている所です。ちなみに経度を表している経線のことを「子午線」と言いますが、これは方角を十二支で表した時、北が「子」で始まり「丑・寅・・・」と続き、丁度南が「午」、そして「未・申・・・」と続きます。その南北を結ぶ線ということで「子午線」と言っています。この十二支は時刻にもかつて用いられ、夜中の0時を子の刻とし二時間おきに丑・寅・・・と続き、昼の12時が午の刻、丁度12時を「正午」それより前を「午前」、後を「午後」と言います。また、夜中の0時と昼の0時を「九つ」と言い、それから2時間ごとに「一つ」ずつ減っていく呼び方もしていました。午前2時と午後2時が「八つ」で「おやつの時間」はここからきてます。明け方の6時と夕方の6時をそれぞれ「明け六つ」、「暮れ六つ」と言ってました。このように1日を2時間ごとに12の時に刻んでいたので12は2×6で1日のことを「二六時中」と言い、現代では1日24時間なので、「四六時中」と言います。おっといけねぇ、そろそろ暮れ六つでぃ。

国家と民族

  • 2006/06/06(火) 22:50:00

日本の国は島国の中に一つの民族がいて、同一言語を使用する一つの国家でありますが、これは世界の中でも珍しい部類に属するようです。大陸にある国は数種類の民族が一つの国家を形成していたり、お隣の朝鮮半島では同一民族が二つの国に分断されたり、アフリカではもっと複雑な様相を呈しています。一つの国が必ずしも同一民族で形成されていなかったり、複数の言語を使用するのがむしろ普通なくらいなようです。であると、何をもって国家というのか不明瞭になってきます。小学校の時「最後の授業」という物語が国語の教科書に掲載されていましたが、フランスのアルザス・ロレーヌ地方が明日からはドイツ語で授業をしなければならなくなる。フランス語の授業は今日が最後というような設定でした。「国家の品格」で有名な藤原正彦氏が「祖国とは国語」という別の本を書いておられるが、この標題の「祖国とは国語」とはフランスのシオランという人の言葉だそうです。「祖国とは国語」といったとき日本人がイメージする事と、フランス人のイメージすることは多分違うと思う。アルザス地方自体元々フランス語を話していた民族の土地ではないようで、つまり、フランスという、いくつかの民族で構成されている国を祖国としてまとめるにあたり共通的なものはフランス語という言語に求めたのではないでしょうか。戦前の日本が朝鮮や台湾の学校で日本語で教育を実施し「祖国とは国語」と言っていたなら、むしろフランス人の言った感覚に近いのではないでしょうか。現在の日本においては、国家も民族も言語も同一の人が日本列島に住んでいるので、逆に国家意識が薄くなっているのではないでしょうか。複数民族で構成される国家は、国家として統一するため愛国心を教えたり、国旗、国歌で求心力を求めたりしています。現在の日本は、日本国=大和民族=日本語を話す人、で余り強制的にしなくても、ある程度のまとまりはできると思います。ただし、「国家」という概念は大半のマスコミは市民と対立する組織のように論じているような気がしますが、我々の生活は国家が保証している面が多々あります。外国に行ったとき頼れるのは日本国が発行したパスポートであると作家の曽野綾子さんが言ってました。経済的繁栄も国家という枠が機能して「円」が信頼されていることが前提だと思います。愛国心を押し付けるのも問題があるかもしれませんが「国家」をないがしろにするのはもっと問題だと思います。

日本の宗教について

  • 2006/06/05(月) 20:16:55

 日本古来の宗教というと神道ですが、神道といえば八百万の神、何にでも神様が宿っている汎神論的宗教です。このお陰で仏教もすんなり入ってきたのではないでしょうか。大國主命が大國様=大黒天というのも語呂合わせ的ですが外来宗教と古来の宗教の和を保つ努力があったのではないでしょうか。本地垂迹、神仏習合も可能となった根源が八百万の神の発想だとおもいます。七福神も恵比寿さんを除けば外来の神様ですね。キリスト教やイスラム教が仏教のように日本で普及していないのは一神教であることが理由ではないでしょうか。しかも日本のキリスト教徒の大半は、神社や寺に参ることを拒絶はしていないのではないでしょうか。そうであれば、キリスト教の神も八百万の神の一つとして認識して日本古来の宗教と融合しているとこになり、キリスト教側からすれば厳密には邪神を崇める異教徒になるのではないでしょうか。

武士道について

  • 2006/06/04(日) 13:40:00

 息子を剣道の稽古に連れて行きました。小学校1年から始めて3年目になります。技も重要ですが、心の面の修養もできる所が武道の鍛錬の良さです。息子が習っている所では「修養訓」と言うのを全員で唱えており、「剣は心なり」のフレーズから始まります。私も子供の頃から高校まで剣道を習っており、大学時代は合気道をやっていたので武道における心身の鍛錬の重要性を理解しています。
 武士道と言えば新渡戸稲造の書かれた本が有名ですが、何故日本で武士道が芽生えたのでしょうか。日本刀という武器を常時携行した武士は、これを乱用してはならないと言う戒めがあったのも一つでしょう。しかし、やはり武士の生き様というか死に様というか死生観を確立する必要性があったのだと思います。自分の一つしかない命を何に使うか(捧げるか)という使命感とも言えます。「義」「忠」「勇」等はまさにこれを表しているのでしょう。西洋の騎士道も似たものかもしれません。

日本語と和の文化

  • 2006/06/02(金) 21:45:00

日本語の語順は、動詞(述語)が最後に来ます。結論が最後まで聞かないと分かりません。逆に言うと話し始めても最初の考えと異なる結論に変えることが可能です。例えば、「○○はとても嫌だ。」ということを言おうとして「○○は、△△が悪くて、□□な所もおかしいし・・・」と言ってると見る見る相手の顔が不機嫌そうになって来たら「でも、☆☆だから許せるな」等と結論をすりかえてしまうことも可能です。英語で"I don't like ○○.Because,・・・"とするともう変更できません。個人の意思をはっきり伝えようとすれば結論を先に言うほうが明確ですが、その場の雰囲気、相手との和と言う観点では動詞が最後の方が便利です。様子を伺い結論のトーンを変えるのに日本語の語順は適しています。個人的には相手に媚び諂う様な言い方は好きでありませんが、日本語の語順がこのようになっているのは、相手やその場の雰囲気を尊重する気持ちが根底にあるような気がします。民族の言葉というのはそのような意味で、その民族の文化が象徴されるのではないでしょうか。


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