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数字の読み方

  • 2011/10/08(土) 15:45:08

数字の読み方について思ったことを書いてみます。

一二三四五六七八九十
これらの数字は何と読みますか?
普通は、
イチ、ニ、サン、シ、ゴ、ロク、シチ、ハチ、ク、ジュウ
と読みますよね。これは音読み、つまり昔の中国語読みを日本で発音したものです。
とはいうものの現代の北京語とは発音が少しは似ていますがやはり違います。
イー、アー、サン、スー、ウー、リョウ、チー、パー、ジォウ、シー
というような発音ですが実際は四声が入ってもっと難しい発音です。
ところでこれらの数字に数詞がつくとどうでしょう?
例えば「番」をつけてみると、

一番(イチバン)、二番(ニバン)、三番(サンバン)、四番(よんバン)…
ン?
イチバン、ニバン、サンバンと来ているのに四番は「シバン」と言わずに「よんバン」か?
七番も「シチバン」より「ななバン」と読むことが多いし、九番は「クバン」でなく「キュウバン」と読むことが多い。
これらの読み方は「番」以外の数詞でも「本」、「号」、「匹」等ほとんど皆同様の読み方になるようです。

「十」以降の数字の読み方もも「十四」を「ジュウよん」、「十七」を「ジュウなな」と読むと重箱読みということになります。
軍隊の師団も一師団(イチシダン)、二師団(ニシダン)、三師団(サンシダン)、四師団(ヨンシダン)…
と読みます。四師団を(シシダン)と読むと「死師団」みたいでこの師団の兵は嫌がると思います。
同様に、九師団も(クシダン)と読むと「苦師団」みたいで嫌がるかもしれません。
つまり、数詞がついても基本的には音読みのはずなのに「四」と「九」だけは発音が「死」と「苦」を連想させるので読み替えているのではないでしょうか? しかし(キュウ)は音読みなのでまだ許せるのですが、(よん)は(よつ)の音便で訓読みです。
七(なな)も訓読みですね。訓読みは「ひ、ふ、み、よ、いつ、む、なな、や、ここ、とお」ですが、「つ」を付けると分かり易いと思います。
「ひとつ」「ふたつ」「みつ(みっつ)」「よつ(よっつ)」「いつつ」「むつ(むっつ)」「ななつ」「やつ(やっつ)」「ここのつ」「とお」
「一つ」は(ひつ)でなく(ひとつ)、「二つ」も(ふつ)でなく(ふたつ)、「九つ」も(ここつ)でなく(ここのつ)となります。これらは(ひつ)、(ふつ)、(ここつ)だと言いにくいからなのでしょうか。

「とお」には「つ」は付きませんでした。その分を「いつつ」が持って行ってしまいました。(嘘です)
「とお」は位が上がって、「百(もも)」、「千(ち)」、「万(よろず)}と同様の感覚で(つ)を付けて数える数字ではないのだと思います。
訓読みと言えば、日本古来の読み方では「十一」は読めないですね。「ジュウイチ」は音読みです。訓読みができないということは、古代の日本では、十一以上の数を数える必要性があまりなかったということでしょう。

閑話休題
数詞を付けると読み方が変わってしまうのはおそらく縁起が悪いから、というのが大きな理由ではないでしょうか。「死」と「苦」を避けて「よん」と「キュウ」と読むのはそれが理由だと思います。
では、「七番」が(ななバン)と読まれる理由は何でしょうか?
おそらく発音したとき「イチ」と聞き間違い易いからではないでしょうか。
「イチバン」なのか「シチバン」なのか分かりにくいので「七番」は(ナナバン)と読まれるのだと思います。
かつて北海道の旭川に旧陸軍の「第七師団」があったそうですが、この師団は「ダイシチシダン」と言われていました。
その理由は、明治天皇が「ダイシチシダン」と言われたからとのことです。音読みで発音すれば「シチシダン」が正しいと思います。現在、東千歳にある陸上自衛隊の七師団は「ななシダン」と言われているようです。アメリカ海軍の第7艦隊も「ダイななカンタイ」と言われます。もっとも、アメリカ人にしてみれば、「シチ」でも「なな」でもどちらでもよいのでしょうが…。
軍の話のついでですが、「一」は「ヒト」、「二」は「フタ」と読む習わしが旧軍にあり、今でも自衛隊でそう呼ばれるようです。「0」は「マル」と呼び、十二時を1200(ヒトフタマルマル)と言ったりします。
これも重要な時刻が誤って伝わらないよう、聞き間違いのないようにそう読むのだと思います。
ところで「0」は、数字としてもともと日本で認識されていなかったので訓読みがありません。「零(レイ)」は音読みで、「ゼロ」に至っては英語です。
たかだか一から十までの数字の読み方でも考えると色々あるようです。

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ひとり・・・

  • 2007/02/26(月) 21:47:26

 息子がまだ小学校1年の頃、近くの公園を一緒に歩いていたら、迷い犬が一匹うろついていました。息子が「ひとりぼっちの犬だね。」と言ったので、「人間ではないから『一人』はおかしいよ。」と言うと、「ケモノ偏の『独り』ならいいんじゃないの」と答えました。息子が通っていた幼稚園は、石井式漢字教育を導入していて、年少の時から氏名は漢字で記名させ、カードに書いた漢字を素早く見せて読ませるというような勉強(訓練?)をしていました。また、家でも漢字絵本(登竜館出版)を読ませたりしていたので、結構漢字は同年齢の子に比べれば知っていると思っていましたが、ケモノ偏の「独り」と間髪を入れずに答えるとはさすがに驚きました。
 「ひとりぼっち」は孤独の意味なので「独り」の方が適切な用法に思えます。ただし、犬に対して「独りぼっち」という表現をするのかどうかは疑問ですが、漢字の字義的には大きな間違いとは言えなさそうです。「独」の元々の成立ちを見ると、ケモノ偏は、羊の群れの中にいる犬を表し、つくりの「虫」は、元の字は「蜀」で、繭の中に居る虫を表しているので人間以外に使用してもいいような気がします。
 別の観点として、大和言葉として考えると、「ひとり」の次は「ふたり」で、「一つ、二つ」という数詞に「(た)り」がついた用法の様に思えます。そうであれば漢字を当てれば「一(ひと)」になると思います。色々なことを考させる子供の一言でした。

和・洋のつく言葉

  • 2006/08/16(水) 09:10:00

 日本酒を飲んでいてふと気づいたこと。「洋酒」に対して「和酒」とはあまり言わないで、「日本酒」と言うのは何故でしょう。焼酎もあるからでしょうか。でも、それならいわゆる清酒と焼酎を併せて和酒と言っても良さそうなのに、という疑問がわきました。(一応辞書には「和酒」は出ていました。意味は「日本酒」と一言書いてありました。(角川国語辞典))
そこで「和」と「洋」を対で使う言葉、使わない言葉を考えてみました。

○「和」と「洋」を対で使う言葉
和風 - 洋風、 和式 - 洋式
和服 - 洋服、 和裁 - 洋裁
和装 - 洋装、 和食 - 洋食
和室 - 洋室、 和犬 - 洋犬
和学 - 洋学(漢学)、和算-洋算
和書 - 洋書、 和紙 - 洋紙
和綴じ-洋綴じ
 (和文 - 欧文・漢文 これは洋文とは言わないようです。)

○「日本」と「洋」を対で使う言葉
日本酒 - 洋酒、日本画 - 洋画、
日本間 - 洋間

○「邦」と「洋」を対で使う言葉
邦画 - 洋画(映画)、邦楽 - 洋楽

 さて、何か法則はあるのでしょうか? 「和」・「洋」の対が多いことから、基本的には、「和」・「洋」の対を使い、「日本」を使う場合は、その後の語が一音節(「シュ」、「ガ」、「マ」)のような感じがします。「邦」を使う場合、内容はあまり違わないけれど作者(監督、アーティスト)が日本人なのかどうかの違い、というような気がします。しかし、例外もありそうです。和書、和紙は、「ショ」も「シ」も一音節なので、「日本書」、「日本紙」と言っても良さそうですが、あまり言わないようです。何か規則性はあるのでしょうか?

日本語は縦書き

  • 2006/06/24(土) 08:40:00

パソコンは勿論、ノートや手帳に書くときも横書きが大半ですね。縦書きノートは小学校の授業くらいになってきているのではないかと危惧しています。まだ、読む方は本も新聞も縦書きが主流のようです。それでも、理数系の本や囲み記事の一部は横書きになっています。人によって違うのかもしれませんが、私は数十ページ以上の文章を読むのは縦書きの方が楽で、数行の文章を固まりで読んでいるような気がします。本当はブログも縦書きにしていきたいのですが、まだ初心者なので検討中です。縦書きブログの宣伝で横にスクロールするのもありますが、無料ブログでできるのでしょうか?ところで、日本語は縦書きが基準と言うと「そんなことはない。昔の日本語でも右から左に書く横書きがあった。」と言われる方もいると思います。でも、それは横書きではありません。何故なら、横書きで数行にわたって書かれていないからです。右から左に横書きで書いてあるのは、例えば横長の額等で一行書かれているだけでしょう。あれは、実は縦書きなのです! 縦書きの一行が一文字で次の行に進んでいるのです。縦書きの行は右から左へ進みますね。そういえば最近、説明の表とかで縦書きに記入しているのに左から右に書かれているのを見たことがあります。表全体が横書き、つまり左上から右下へ目線が流れるような作りになっているので、やむを得ずそうしたのかもしれませんが若い人たちはあまり違和感を感じなくなっているのでしょうか。蛇足ながら、車両のサイドの横書き文字で右から左に書かれているのをたまに見ることがありますが、あれはおそらく右サイドに書くとき、車両の前部から後部にかけて、つまり進行方向にあわせて書きたかったからなのだと思います。

昔の日本語:母はパパ

  • 2006/06/21(水) 21:30:00

昔の日本語のハ行の発音は「パピプペポ」に近かったそうです。何で昔の人の発音が録音されてる訳でもないのに分かるのか?と思いますが、室町時代のなぞなぞで、「母と子は2回遭うけど、父と子は一度も遭わない。これは何か」というような問題があって答えが「唇」となっているそうです。つまり、母と発音する時に上の唇と下の唇が2回遭うということで、母の発音は「パパ」だったようです。今なら、さしずめ「ママと子も、パパと子も2回遭う」ということでしょうか。これを裏付ける例としては、ヒヨコは「ピヨピヨ」と啼くのでその昔は「ピヨコ」と言っていたのが「ピ」が「ヒ」に変わってしまった、というのがあります。本当か?と訝る人のために他にも似たような例を紹介します。「パタパタ」と「パタめく」「パタ」と言っていたのが「パタパタ」と「はためく」「旗」になり、「パタパタ」と「パタく」「パタキ」は「パタパタ」と「はたく」「ハタキ」になったという例。「ピカッ」と「ピカる」「ピカリ」は「ピカッ」と「光る」「光」になりました。「ピヨピヨ」とか「パタパタ」とか「ピカッ」という擬声語・擬態語にはパ行の発音が残り、普通の名詞や動詞の発音の「パ行」は「ハヒフヘホ」の発音に変わってしまったようです。アイヌ語にパ行の発音が多いように感じますが昔の日本語のハ行の発音が「パピプペポ」だったのと何か関係があるのでしょうか?


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