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2月7日は何の日?

  • 2008/02/06(水) 22:54:13

2月7日は太陰暦の元旦です。中国では春節を祝います。日本では、お盆は太陰暦で月遅れのお盆をやりますが、元旦を月遅れで祝う所はあまり無いようです。
そして、2月7日は北方領土の日です。北方領土は都道府県で言うと北海道に所属するようです。そして北海道の中では、根室支庁が管轄するようですが実質ロシアに占領されているのでその辺はあまり明確ではないようです。北海道の議会ではこれに関する北海道のHPの質問があったようです。答弁では、北方領土返還を求めている人たちへの配慮が欠けていたとの答弁があったようですが、北方領土返還は国として、当然地方自治体としても求めているもので、特定の人の思想の自由で行っているわけではないと思うのですが・・・

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立春です

  • 2007/02/04(日) 17:00:00

昨日は、節分、豆まきをしたでしょうか? そして今日は立春、暦の上での春です。茶摘で有名な「八十八夜」や台風が来ることの多い「二百十日」は、立春から数えての日数です。昔の暦では、この立春の日が色々な基準になっていたようです。太陰暦の正月は、月の満ち欠けとの関係で、新月になった日が一日(朔日)、今年は2月18日が1月1日です。中国では、今も太陰暦の元旦に「春節」といって正月を祝うようです。太陰暦の正月だと、立春に近いので、「迎春」、「新春」といった言葉が合いますが、現在の太陽暦の正月に「新春」と言っても、まだ冬だよと呟きたくなります。1月7日に七草粥を食べますが、これも太陰暦であれば、現在の2月下旬となり、春の七草(「せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ、すずな・すずしろ、春の七草」という短歌で覚えました。)が、漸く生え揃う時期ですが、太陽暦の1月7日では、まだ、自然に育つものは出てくる時期でなく、スーパーに並んでいるのハウス栽培が主体でしょう。暦の上では春ですが、暫くは寒い日が続きそうです。でも、日差しがちょっぴり春めいてきているので、春はもうすぐそこまで来ているようです。

陰暦七夕

  • 2006/07/31(月) 22:10:00

 7月31日は陰暦の7月7日七夕です。天の川を挟んだ織姫、彦星が一年に一度遭う話ですが、太陽暦の7月7日だと梅雨の最中で星空を眺めることができる年はあまりありません。陰暦であれば大抵梅雨は明けており、星空を眺めるのに適した時期となるでしょう。ちなみに七夕の時、笹に短冊をつるして願い事を書きますが、この短冊に文を書くことと7月を文月というのと関係があるようです。
ところで、今年は陰暦7月の次の月は閏7月です。太陰暦では月の満ち欠けで1ケ月を勘定していきますが、通常二十四節気の内2つが1ヶ月内にあるところ、月のめぐり合わせで、ある月に1つしか節気がなかった場合、閏月とします。今年の閏7月は、太陽暦9月8日の白露が太陰暦で閏7月16日、その次の節気が9月23日の秋分で太陰暦だと翌月になり、閏7月には二十四節気は白露しかありません。従って閏月となります。

お盆は8月?それとも7月?

  • 2006/07/14(金) 10:20:00

 7月15日はお盆です。13日に迎え火を焚き、祖先の霊を供養し16日に送り火で送る一連の行事です。ところで「お盆休み」は8月15日前後にとってるのに何で7月?と思っている人いませんか。
 もともと「お盆」は、正式には「盂蘭盆会(うらぼんえ)」と言い、サンスクリッド語の「ウラバンナ(逆さ吊りの意味)」に由来しています。サンスクリッド語ということで、仏教に関係していることが分かりますが、日本古来の先祖供養の風習と一体化したものと考えられます。
 それで「お盆はいつか」についてですが、お釈迦様の弟子の目蓮尊者という人が、神通力で母親が餓鬼道で逆さ吊りになって苦しんでいるのを知り、お釈迦様に教えを請った所、「7月15日に僧侶を招いて供養すれば母親を救える。」と言われたので、その通りにしたら母親は極楽往生した、という話から始まったもので、7月15日が正解です。ちなみに日本で最初にお盆として先祖供養をしたのは推古天皇の606年7月15日が最初とされています。
 太陰暦から太陽暦に変更されて、太陽暦の7月15日をお盆として、特に、東京地方では行われていますが、地方では依然として太陰暦の7月15日にお盆をやる所が多いことから、東京に出てきている地方の人たちは太陰暦のお盆に帰省していました。太陽暦が普及すると太陰暦の7月15日が太陽暦のいつに当たるかが分かりづらく、また、年によって日付が変わるので、大体1ヶ月遅れということで8月15日に行われるようになってきたのが実態のようです。太陰暦の7月15日であれば、満月で、盆踊りも今のように外の明かりが少ない時代は月明かりの下での行事でした。
 よく言われる「盆と正月」の「盆」の方は今でも太陰暦で行われる所が多いのに「正月」の方は、全国的に太陽暦で行われているのは何故なのでしょう?中国では、今でも太陰暦の正月の方が盛大に行われているようです。日本で太陰暦から太陽暦に変わったのが明治6年1月1日からで、全国一斉に正月の行事を約1ヵ月早めて行った所から、正月を太陽暦で行うことの方が全国的に統一し易かったのではないかと、個人的には思います。
 靖国神社では太陽暦の「お盆」に合わせて、7月13日から16日まで「みたままつり」が行われています。明治維新以来、日本の国のために命を捧げられた方々を偲び、また、現在の平和が続くことをお祈り申し上げます。

入梅です

  • 2006/06/11(日) 07:00:00

 今年の6月11日は入梅です。梅雨の入りと同義で使いますが、「入梅」は暦の上での梅雨入りです。暦では二十四節気の一つ「芒種」(稲を植える時期)から5日目を入梅と言い、明治9年から太陽黄経80度に達した時を入梅としています。それ以前は「芒種」の後の最初の「壬(みずのえ)」の日としていました。あくまでも暦の上での梅雨の入りなので実際の梅雨入りは若干ずれますが、農作業等する上で概略の目安として使われています。立春から数えて135日目という説と127日目、128日目という説がありますが、今年は、5月2日が八十八夜、立春から数えて88日目で、それから40日目なので、128日目が正しいと思うのですが・・・
 私が子供の頃、父がどこかから「めくらごよみ」という暦を入手してきました。盲といっても視力障害のある人でなく、「文盲」、字の読めない人用に絵で示した暦です。そこに、荷物を担いだ人が描かれていて、それが荷物を奪っていく絵で「荷奪い」「にうばい」→「入梅」を示していました。他にも、色々な絵で暦を示していましたが、妙に「入梅」だけ印象に残っています。
これから、夏至を挟んで1ヶ月くらいじめじめした「梅雨」が続きます。ところで、梅雨というのは、丁度梅の実がなる頃の雨だからと言う説や「黴」の生える時期の雨だからという説があります。ところで「梅」の発音は元々中国読みの「めい」に「う」がついて「うめ」となったようです。「馬」も元々「ま」という中国読みに「う」をつけて「うま」となったようで、また、マ行とバ行は両方とも唇を合わせて話す時の音で似ており、音読みがそれぞれ「バイ」、「バ」となるようです。梅は昔から日本人に親しまれてきたようで、万葉集で歌われている花は桜よりも梅が多いとのことです。梅雨時は戸外での運動もできず、気分的にもうっとうしい季節ですが、梅酒や梅干で健康にも気をつけていきたいですね。


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